こんにちは、manotchです。
オーディオ界隈を賑わす話題で「人間の耳に聞こえる20kHz以下の可聴帯域において、ケーブルの損失は0.1dB以下と小さいので無視できる」というような説をよく耳にします。
「ホンマかいな?」と思うところがあり、今回はこの疑問に切り込んでみたいと思います。
結論から言うと、「条件を振れば0.1dB以上の損失にもなるし無視も出来ない」です。ケーブルの損失を可視化するシミュレーターを自作しましたので検証してみましょう。

検証のきっかけとなったのは、下記の興味深い文献です。
目次
1.MOGAMI電線が語る「多くのダブルブラインドテストと研究成果」
モガミ電線の2014年ケーブルカタログ(Hi-Fiケーブル NEGLEX 2803 & 2804のレビュー記事)に、このような記述があることを最近発見しました。元が英語なので日本語訳して抜粋してみました。
~モガミ電線紹介~
1957年に創業した音響用・通信用ケーブルの国内専業メーカー。グローバルブランド「MOGAMI」として世界中のレコーディングスタジオや放送局、ライブ現場で圧倒的な信頼を得ているプロ用オーディオケーブルにおける世界的トップブランド・・だそうです。
~文献の内容抜粋~
- スキン効果(表皮効果)は渦電流の性質の一部であり、オーディオ周波数帯域でこれを測定することはできないが、電磁的に計算することができる。
- 多くの人々にダブルブラインドテストを依頼し、異なる渦電流損失を持つ多くのケーブルモデルを作成した。
- リスニングテストから、スキン効果が音の違いにかなり大きな役割を果たしていることを確信した。
- われわれは電気的特性がまったく異なる音源でも同じ音を識別することができる。したがって、我々の脳が音を知覚するメカニズムは電気的測定とは異なるものである。
- 多くの実験を通じて明らかになったのは、オーディオシステムの「伝達関数の周波数微分」(システム関数 – 大きさと位相応答)が、この問題に深く関連している。人間は近い周波数の違いに非常に敏感であり、大きく離れた周波数の比較はあまり得意ではない。
- 膨大な理論研究、計算、測定および二重盲検テストによる実験的研究の結果得られた2つの製品が、2803インタコネクトと2804スピーカーケーブルである。
よく、オーディオケーブルには電気特性の差がないしダブルブラインドテストによる結果も見当たらないと言われていますが、実際にはケーブルメーカーは電気特性をシミュレーションし、膨大な検討を行い第三者によるダブルブラインドテストまでして製品をリリースしているという事ですね。思い込みやハッタリではないという事です。
ただ、ダブルブラインドテストはコストもかかるし、ここまでやっていることを公表しているメーカーは珍しいかもしれません。※現在のカタログには書かれていないようです。重要なノウハウに関することなので公表する事はやめたのかもしれませんね。
ところで「オーディオ帯域では測定できないが、計算は可能であり、聴感上は大きな役割を果たしている」。そして「脳の知覚メカニズムは電気的測定とは異なる」。 文献では少ししか触れていませんが、「人間は隣接する周波数の電気特性の微分値に敏感」という一節があるのですが、人間は動的な特性変化や異常・違和感には感度が高いという点には同意できる点が多いです。

音楽のように音の大きさや周波数が常に変わる信号を扱う場合、リアルタイムで変化する電気特性(動的な特性)が重要になります。MOGAMI電線が「表皮効果と音の関連」を見出している点は、まさにこの動的な振る舞いを示唆しており大変興味深いです。 「ケーブルのゲイン差は0.1dBもないから聴き取れない」という説をよく聞きますが、常に信号が一定である「静的な特性(正弦波応答)」のグラフだけを見ていても、ケーブルの真の特性差は表れません。
例えて見ると、車のサスペンションの性能をデコボコの無い平坦な道で測定するようなイメージです。平坦な道ではサスペンションをいくら変えても車の乗り心地は変わらない(サスペンションの性能は分からない)という結果になります。
例えばケーブルの絶縁体はコンデンサとして機能するわけですが、コンデンサのパラメーターは信号のレベルや周波数で変わる非線形の電気特性を持つ部分があることが知られています。そのため、一般的には電流は1mAで周波数は1kHzで測定する・・・などという決まりになっています。こういう非線形的な変化は信号のレベルや周波数を音楽信号のように変えないかぎり音の特徴として見えてこないと考えています。
従ってシミュレーションでもそうですが、部品の非線形な特性(振る舞い)をデータ化して入力しない事にはリアルタイムな電気特性の変化を見ることはそもそも不可能なわけです。
アンプの開発をしていると分かるのですが、ケーブルを変えると音が変わって一定の評価が出来ないです。例えば経験則ですが、何らかの問題でエネルギーの減衰があるようなケーブルは音の出方が悪くなるようです。
2.ケーブルの損失で無視されるパラメーターの存在
長くなりましたが、スピーカーケーブル内で実際にどのような現象が起きているのか、JavaScriptで自作のシミュレーターを作成して検証してみました。
動画による説明
画面左はいじくれるパラメーター類です。スライダーを動かしたとき右の図がどのようになるか見てください。
右上には目玉のようなものが2個並んでいますが、2本の並行導体を輪切りの断面にして電流が流れるようすを可視化したものです。電流密度分布と呼ばれています。赤いところは電流が集中している箇所で損失が大きいことが分かります。右下はよく見かける周波数VS減衰特性になります。
実際にいじって見たい方は、リンクをクリックするか、ファイルをダウンロードしてローカルで実行してみて下さい。(※ダウンロードしたHTMLファイルを、ChromeやEdgeなどのブラウザで開くかドラッグ&ドロップすればそのまま動くと思います。携帯だとグラフが一部途切れて見えないようです。その場合は画面を横にしてスクロールしてみて下さい。PCの方が閲覧性が良いので推奨します)
ケーブルの損失は0.1dBもないから無視できるという主張のサイトを見かけるのですが、根拠が良く分からないです。なぜなら、導体径で抵抗値が変わりますし周波数特性が悪いケーブルも事実存在するからです。シミュレーターでも0.1dB超えている領域がありますね。ロジカルに考えると「単にパラメーターを色々の条件で振って損失を見ていないだけじゃないの?」と思います。
良くあるのが、直流抵抗だけ考慮して損失を計算している例です。ケーブルの音質に影響がある「表皮効果」や「近接効果」、「インダクタンス」等、その他にも損失があるんですが考慮されているんでしょうか。

上の図は、スピーカーケーブルを模した2本の円形導体を近づけていった際の電流密度をシミュレーションしたものです。電流密度分布と呼ばれますが、赤い部分ほど電流が集中していることを示しています。この部分には特に損失が発生します。
導体同士を近づけるほど、お互いの磁界の影響を受け、電流密度に偏りが生じます。これは「近接効果」と呼ばれています。
さらに現実のケーブル挙動に近づけるため、シミュレーターにインダクタンスと線間容量(キャパシタンス)の影響を追加してみました。
周波数特性を見るためにシミュレーターを改良し、具体的な数値で損失を計算してみます。 今回は例として、長さ10m、太さφ2mm(約3.14sq)の銅線に、4Ωのスピーカーを繋ぎ、20kHzの信号を流したと仮定します。
- 導体が十分に離れている場合: 損失は -0.336dB
- 導体が近接している場合: 損失は -0.551dB
一般的なスピーカーケーブルは導体間が近接しているのが普通です。つまり、単体で見て「無視できる」とする説は、この近接効果の影響を考慮しきれていない可能性があります。少なくとも「導体が近接した場合、電流分布に大きな偏りが生じる」という事実は、無視できない現象だと言えるでしょう。
3.音楽信号が流れる時、ケーブル内は「複雑な挙動」になる
シミュレーターの電流密度分布が周波数によってどのように変化するか観測してみてください。1kHzあたりではほぼ導体全体を電流が流れていますが、10kHzくらいになると想像以上に表面(表皮)へ分布が偏ってくる様子が視覚的に分かります。
ここで少し遊び心を加えて、実際の「音楽」が流れたらどんな感じか?をシミュレーションしてみました。 右側の図は、ゲージを動かして入力周波数を不規則に変動させたものです。電流密度が表皮に偏ったり、全体に広がったりと、目まぐるしく変化する電流密度分布の状態が確認できました。
実際の音楽信号は単一のサイン波ではなく、基音に対して無数の倍音成分が重なっています。音楽がケーブルを流れる瞬間、導体内部の電流密度分布は我々の想像以上に複雑で、常に変動し続けるダイナミックな状態になっていることが推測できます。
4.ケーブル設計のジレンマと、自作シミュレーターの限界
今回のシミュレーター作成を通して、ケーブルの奥深さが見えてきたようです。
表皮効果と近接効果による「抵抗損失」だけを見れば、導体間の距離は離した方が有利です。しかし、導体を離すと今度はループ面積が広がり「インダクタンス」が増加してしまいます。インダクタンスが増加すると高域のインピーダンスが上昇し、信号が通りにくくなります。 逆に、インダクタンスを下げるために導体を近づければ、今度は近接効果によって抵抗損失が増加します。相反する理想が存在し全てを両立する事は難しく、何の特性を重視するかで、ケーブルに特性差が生まれ音の差が生じると考えられます。
ただし、ここで一つ重要な補足をしておく必要があります。 今回私が作成したJavaScriptのシミュレーターは、計算負荷を考慮して近似解の式を用いて計算しています。
実は、本格的な電磁界解析ソフトウェアを用いて同様のシミュレーションを行われた方がその後に登場したので拝見したところ、「オーディオ帯域において近接効果による損失はそこまで大きくならない」という結果が出ていました。 つまり、本シミュレーターの近似式では、導体が極端に近接した場合の損失の「絶対値」が過大に算出されている可能性があります。厳密な数値については、より高度な3D電磁界解析(HFSSやCSTなど)が必要になると思います。
しかし、今回のシミュレーションで注目すべきは、損失の絶対値よりも「表皮効果」「近接効果」「インダクタンス」などといった要素が無視できない事と「電流分布には動的な振る舞いがある」事です。
単純なサイン波ではなく、複雑な音楽信号が流れた瞬間、導体内の電流密度が目まぐるしく変動するという事実。この静的な測定では見えにくい「複雑な挙動」こそが、MOGAMI電線が指摘する「測定と聴感のギャップ」を生む一つの要因になっているのかもしれません。
5.総括
シミュレーションの精度に課題は残るものの、単一のサイン波では見えない「静的な電気特性の落とし穴」と、複雑な音楽信号が流れた際の「動的な電流分布の目まぐるしい変化」を可視化できたことは、大きな収穫でした。「ケーブルの損失は無視できる」という定説は、条件次第で容易に覆るということです。
……が、このままだとオーディオ沼「解析沼?」に落っこちてしまいそうなので、今回の検証はこの辺りにとどめておこうと思います。
今後は、静的なスペック測定だけでなく、こうした動的な振る舞いを人間の聴覚モデルと結びつけるような、新しい測定・解析技術の進歩に期待したいです。
今回作成したJavaScriptのシミュレーターはブラウザ上で動くようにしていますので、ご興味がある方はぜひパラメーターをいじって遊んでみてください。
今日はここまでにします。最後までお読みいただきありがとうございました。
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